こんにちわ、malinconiaです。
八方塞、八方除け…などどちらを向いても進めない、そんな一年があるのをご存じか。八方塞の歴史などは簡単に見つからなかったが、神社へ新年のご挨拶へ行くと、必ずある大きな看板。厄年と並んで立てかけてある。
八方塞の年。
そして、12年に一度来る、厄年。
数え年で数え、男は25と42そして61、
女は19と33と37とされています。
神宮館高島暦
19でかなり痛い目にあっていた、malinconia。危ない危ない…と思い、厄年を確認したけど、神社で祈祷は受けなかった。
前厄36で復帰するも、すぐに妊娠、切迫流産、職場の理解が得られず苦しくなる。
本厄37で産んで、すぐに二人育児に限界を感じる。
後厄38精神崩壊、うつ病を理由に保育園に預ける手続きを取るも、子どもが保育園でもらったノロウィルスに罹ったり、5歳なのにもかかわらず川崎病に罹り1カ月入院したりと、自分のこと以外での心労が続く。
現代風にいえば、それぞれが人生の節目といえる年齢ですから、
健康面でも仕事面でも、わが身を振り返り
無理をすることのないよう戒めたものです。
神宮館高島暦
子どもが生まれて、病気をして、無理をすることの無いように…自体が無理ゲー。これではだめだ…私が持たない…吉方位を調べてパワーストーンのお店を見つける。パワーストーンの種類をお店の本でパラパラ眺めて…
自分の願い事がほぼほぼ網羅された、パワーストーン七つ。
日本では厄除けに「七色を取り入れたものを持ち歩くと良い」という習わしが古くからあり「七福神」が関係しているという説が有力です。
七福神は主に日本で知られる7人の神々のことで、日本・インド・中国の仏教に伝わる神々が一つの宝船に乗って人々に幸運をもたらす象徴として祀られています。
日本で「七福神」がこれだけ浸透したのには中国で広まった「仁王般若経(にんのうはんにゃきょう)」という大乗経典が関係しています。
「国土に七難(主に天変地異における水難・火難など)があるとき、国王がこのお経(般若経)を読めば、七難はただちに滅んで七福が生じ、人々は安楽へ導かれる」という教えでした。
この部分が日本では「七福神への信仰」に置き換わり、七福神を正しく奉れば「七難即滅七福即生」にあやかれる、という考え方に発展したというのが有力な由来とされています。
何色が〇〇神様のイメージカラーというよりも、一つの宝船に七福神が大挙してお乗りになっていることから、一つのお守りに七色のラインが彩られたものがより一般へ広まったと考えられています。
また、村松山 虚空蔵堂を建てたと伝えられている空海様(弘法大師様)もその昔、7つの厄除けの小物を携え、修行の旅に出て難を逃れたという説もあります。
茨城県村松山虚空蔵堂 (taraku.or.jp)
「昔から日本では七色のものを身に付けると厄を除け幸せになる」とのこと。七個をつなげて、ネックレスのチャームにしました。
一度、来年に向けて調べてみるのもいいかもしれません。